Vol.13 魑魅魍魎

晴人とマナスとナユタと望芽の四人は、ちょうどこの世界の果ての、灰色の世界との境界に来ていた。自分たちの心を込めて育てた野菜や作物が何か誰かの気付きや目覚めにつながらないだろうか?と考えついて少し前から行商を始めたのだった。トライブの心地よい慈愛と真理と光に満ちた世界の中では、ついこうした灰色の現実世界から目を背けたくなってしまうけれど、それじゃあ何の解決にも向かわないまま、それぞれがこの世界に閉じ込められたままになってしまう。

色艶の良い鮮やかな野菜や爛漫な子どもたちの様子は、灰色の世界の人々にとってはどうにも眩く、近寄り難いと感じる者も多いらしく、正気を失った虚な目で遠巻きに通り過ぎる者も多かった。身なりや暮らし向きが良さそうな人たちは、とても厳めしい顔をしながら通りを足早に行き交っている。

「今日も人が集まらないね。」

「この野菜を食べて、私たちと言葉を交わすだけでも光の振動を少しぐらい分かち合えるのにね。」

無農薬自然農の野菜といっても、そんなに高額で売っているわけじゃない。ただ、無料だとここでは怪しまれてしまうから、その辺のマーケットの価格と同程度で売りに出している。それでも毛色の違う雰囲気を纏う子どもたちを、まるで異星人か何かのようにチラッと横目で見る程度で誰も足を止めることなく過ぎ去っていく。

人は基本的に自分の中に答えを持っている。みんないろんな茶番に気付いていても、上部だけのつながりでは本音を語り合えないし、団結することもできず、どうしようもないから仕方なく見て見ぬふりをしている。みんな大勢の様子にだけは敏感で、大勢の空気を察知して、大勢と同じことをしている。

やりたくないことをやるのが当たり前の社会やそれを刷り込むための学校教育に追われ、ストレスだらけの毎日の中で、誰も長生きしたいと思っていない。灰色の世界では誰もが本能的に生き永らえることに意義を見出せておらず、子どもたちの正気がみなぎる野菜に近づこうとしない。雑踏には大勢が行き交っていてもまるで生命力が感じられなかった。

近くの路上で生活しているホームレスの人たちに野菜を配りながら、

「ねえ、どうして人間はやりたいことだけをやって生きられるように進化しなかったんだろう?数学が好きな人もいれば音楽が得意な人もいて、力仕事が得意な人もいれば家から一歩も出たくない人もいる。自分は好まない仕事でも、それが好きな人もいる。どうしても誰もやりたくないような仕事だけをロボットとか、何か技術的なもので補っていけばいい。どっかの誰か、ごく一部の支配者に富と権力が集まるように偏った使い方をするんじゃなくて、もっと大勢のスマイルピースにつながるようにテクノロジーを発展させていく道もあったはずなのに。」

「それに、僕思うんだよ。みんなそれぞれが持っている凸凹を活かして組み合わせれば複雑な立体パズルも完成するんじゃないか?もしかすると地球自体がそうやって成り立っていて、でも一つ一つのピース、つまり人間、だけじゃなくて他の動物とか昆虫とか植物とか、あらゆるすべてのものが歪になってしまったから、これも人間の仕業なんだけど、そのせいで地球自体も歪んでしまっているんじゃないか、ってね。だって、大地や自然も人間も素粒子を共有している、生きた存在なんだよ?すべてが望まない方向に加速度的に進んでしまっているけど、これを留めるには、意志や意思の力のエネルギーの大部分を握る人間が何とか気付くしかないし、大勢の気付いたり目覚めている人間の意識が地球的集合意識に働きかけていけば軌道修正できるんじゃないかな?」

と、晴人はこれまでのさまざまな経緯によって気付いたり学んだりした中から新たに浮かんだ疑問点を投げかけた。

「確かにその通りよ。歪んで息苦しくなればどこかに負荷がかかって炎症するみたいに、地球だって噴火や地震、気候変動を起こすのよ。まるで溜まった膿を押し出すようにね。目に見えるもの、形あるものばかりに囚われている大多数の人間は感じ取れていないけど、生命の多様性は失われつつある。行き過ぎた物質主義や核兵器の開発、人間も自然も顧みない利益優先の社会。物価高だ増税だ、エネルギー高騰だって、特に日本人の給料は何十年も増えてないどころか、日々の大部分を費やして得たお金は自分のところをほんの一瞬通過するだけであっという間に自動で引き落とされていく。贅沢しないでただ普通に生きるだけでも必要なお金は増え、人々の頭ん中はお金のことばかりで、動物とか昆虫とか植物とか、自然に心を寄せる余裕なんてない。それが結果的に自分たちの首を絞めているんだって気が付いていないし、気付いたところでこのシステムが変わらない限りどうしようもないのよ。」

と望芽が答えた。彼女の実年齢は僕たちよりもだいぶ上のように思われた。さまざまな経験を通して得た見地からか、これまでのさまざまな記憶を取り戻しているのか、裏表なく正直な人で、多くの叡智を獲得しているように感じられた。

そんなやりとりをしながら、晴人たちは週に二〜三回ほど、灰色の世界に野菜や作物を売りに来ていた。そんなある日のこと、灰色の世界には珍しく血色良く、瞳に輝きを宿した一人のホームレスが晴人に声をかけてきた。

「君たちの野菜は本当にみずみずしくて、全身に喜びがみなぎるような美味しさだ。おかげで潰えかけていた心身が気力を取り戻してきたようだ。ワシにも何か手伝わせてくれんかね?」

彼は、晴人たちが売れなかった野菜を配っていたホームレスの一人だったが、晴人たちが行商に来ていた界隈では、日を追うごとに彼のように心身の正気を取り戻しつつあるかのような人たちが増えているようだった。彼らは自分たちの住処の周りを綺麗に掃除し始め、彼らがほんのりと醸し始めた輝きは少しずつ灰色の世界の人々に伝播していったようだった。そして周囲はわずかながら色合いを取り戻していて、晴人たちの野菜を手に取る人たちが少しずつ増え始めていた。

そんなある日、周囲とは一線を画す、くっきりとした存在感を放つ青年が晴人たちに話しかけた。

「やあ。君たちの野菜はとても評判が良いようだね。」

濃い焦茶色のウェーブヘアは肩よりも長く、漆黒のベルベッドのような高級そうな衣服は、何とも妖艶なオーラを放っている。しかし太古を思わせる深い色合いの、まるですべてを見通しているような瞳と、堂々と落ち着き払った声は何か何とも言えない力強い意図を感じさせた。青年はカムイ・セシュと名乗った。

「君たちはトライブから来たんだろ?でも、こんな風に慈愛のこもった野菜を灰色の世界に持ち込んで、何とか人々を目覚めさせようなんて、傲慢で偽善じゃないか?君たちももう知っているはずだが、人間には自由意志が齎されており、尊重されているんだ。それに、大いなる宇宙の法によって干渉は禁じられている。彼ら自身が気付いて学び、叡智を獲得しなければならないのに、君たちがしていることは人々を逆側から同じように流れの中に呑み込もうとしているだけだ。支配者たちと同じことをしているに過ぎないんだよ。新たな大勢の波を起こして、大勢に追従させようとしているに他ならない。人々が自分で何かを感じ取り、考えを深め、気付いて行動しない限り、自主的に選択し、各々の真の核心に触れることなどできない。これはあまりにも浅はかで無責任な行為じゃないか。君たちがこの先いつまでも、人々を光明によって導くことができるのかい?そうじゃなければ、彼らはいずれまた大きな失望を味わい、期待や希望を見出していた分、これまで以上に深淵な闇に落ちていくことになるだろうね。はっきり言うと、もう彼らは救えない。再び神の裁きによって洗い流されるしかないんだよ。なぜならこれまであまりにも無関心のまま、あらゆることを放棄してきたからね。自分の感情に鈍感になり、考えるのを止め、楽な方に流されて堕落した。そこから脱出できない限り、主体性のないままただ単に逆側に流されるだけだからね。本当は時折立ち止まって、あらゆる視点で全体を俯瞰するべきだったんだが。」

カムイの自信溢れる落ち着きはらった話し声は、子どもたちの心に深く差し込んでいた。

「子どもたちは数式の解き方は教えられても、心の問題や内なる自分との向き合い方なんて教わらない。誰かや何かとの調和の取り方だって比較や競争によって自分の立ち位置を把握する一辺倒な方法しか知らない。きちんと向き合って互いの想念を語り合い、慈愛や思いやりで融合することも、互いの差異を認め合って助け合うことも到底できない。どうにか相手を上手くやりこめて自分の思惑通りにことを進めることが賢いと思っている。多くの人が誰かの幸福を願うよりも、互いに足を引っ張り合って貶める方を選んだんだ。そして、慈愛や心や精神性よりも科学的な進歩こそが幸福につながる道なのだと信じている。」

カムイは晴人を一瞥しながらさらに話しを続けた。

「見えざる人智を超えた存在の関与があったとしても、それらがどれほど人のマインドコントロールに長けていたとしても、それに従うことを選んだのは人間だ。自分の真に大切な魂や核心をいとも簡単に売り渡し、権威や権力に跪く。人間はまだまだ弱く儚く醜い、愚かな存在だ。この狂気に満ちた世界を疑うこともなく、さも自分は賢いのだと言わんばかりの顔をして、他よりもまず自分を欺いて生きている。真理に目を向けて学び、気付きを得ることもできない者たちが、高次の存在の一員となってもっと大いなるつながりや広い宇宙のより慈愛に満ちた豊かさに貢献することなんて不可能だ。残念ながら今回もそんなレベルには到達できなかったんだ。ならば再び滅びるしかないだろう。いくら高次の光が闇を打ち破って追放したところで、人間の敗北には変わりないんだよ。」

カムイは皮肉に満ちた笑みを浮かべながら、子どもたち一人一人に鋭い眼差しを向けた。

「君たちのやろうとしていることは無謀であり、無駄なんだよ。いつまでも自分を蔑ろにして権力や周りに忖度し続ける彼らを救うことはできないんだ。」

晴人たちも薄々感づいてはいた。みんな誰かや何か外側のものばかりに答えを追い求めて、内面に目を向けようとしないで、ある日突然救世主が現れるのを待ちながら自分では何もしない。人々は言い訳の能力ばかりを向上させて、社会のせいだ、教育のせいだ、政治家が悪いと罵って自分を正当化するのがますます上手くなった。支配者を真似て人々を煽ることはあっても具体的に行動を起こすことも、主体性を取り戻そうともしない。そんな人たちにいくら働きかけたところで、依存先の選択肢を増やすだけで何の意味もないどころか、いや、きっとむしろ逆効果だ。

子どもたちはカムイの言葉に打ちひしがれて、色合いを取り戻しつつあった人々を置き去りにしたままトライブに戻っていった。

子どもたちのひどく落胆した振動を察知したサライたちは、仁と一緒に自然への慈しみや共存共栄のビジョンを強く思い描き、言葉を交わしながら互いに成長してきた果実や野菜を食卓に盛り合わせ、みんなをコミュニティ・ダイニングに集めた。果実や野菜の正気に満ちた力強い栄養は子どもたちの心身に沁み渡った。

「言葉は言の葉。感情や思考が融合した音を発したもの。音は同じ言語を持たない存在にも感じ取れるもの。偏った感情や思考によって正しくない言葉を発し続ければ不調和が生い茂っていくことになる。そして鉱物も植物も動物も、自然や世界や地球そのものが色合いを失ってしまうのよ。じゃあ声を上げて音を発しなければ良いの?違うわ。たとえ音を発しなくても想念はその人の纏うオーラを振動させて周りに波及していくの。想像してごらんなさい。これは極端な例かもしれないけど、世界中の人たちがたとえ無言であってもみんな不機嫌だったとしたら?ほとんどの人が暗く、重たく、居心地の悪さを感じるんじゃないかしら?では、想念を肉体に押し留めて一切オーラにも転じさせないなんてことができたとしたらどうかしら?心で感じたことを顔にも態度にも一切出さずにいたらどうなると思う?きっとストレスが鬱積していずれ爆発するか、心が折れてしまうわね。現段階の地球ではどうしたって闇の感情は湧き起こる。だからできる限りいつも自分の感情を認識しておくことが大切なの。自分の内面に目を向けて、自分の送り届けた言の葉、受け取った言の葉を味わい尽くすことができるかどうか。そしてそれはそれぞれの識別力や精神性の度合い次第なのよ。だから、何らかの気付きや目覚めのきっかけとなるものを探して人々の精神性を高めようとする働きかけはちっとも無意味なんかじゃないの。あなたたちが慈愛や善意や思いやりによって自発的に行動した行いには大きな意味があるのよ。」

サライの深い慈愛に満ちた柔らかな眼差しと、心から語りかける言葉は、晴人たちの心を温かい優しさで満たしていった。

「それから、カムイ・セシュは話の魔術師なの。」

そう言うとサライは深淵な太古の森を思わせる瞳を閉じて、ゆっくりと静かにため息をつき、そして、ゆっくりと深く息を吸い込んで再び目を開けた。

「カムイは、かつては私たちの仲間だったのよ。誰よりも深い慈愛に満ちていて、人々の目覚めを心から願い、自身の役目を懸命に果たそうとしていた。しかし、ある日人智を超えた得体の知れない存在と、あまりにも行き過ぎた物欲主義者の波長が融合し、終わりのない強欲を追い求め始めた。地球人よりも高次の闇に傾いた存在は、自分たちの惑星を追われて、都合の良い住処を求めて彷徨っていた。そして、その過度の物欲主義を持つ地球人と互いに引き寄せ合うようにこの地球に降り立った。彼らには居心地の良い世界と扱いの簡単な奴隷が必要だった。自分たちを神のように崇めて隷属する人間を増やし、世界をできる限りの闇に染めるためにあらゆる悪知恵を働かせて画策し、破壊と創造を繰り返してきた。そしてずっと先を見通し、長期的なスパンで計画を遂行してきたの。生命を手駒としか見ていない存在は次から次へと代わりの人間を残酷に非人道的に引き入れて、まったく狂気の沙汰としか思えないような手段で光の感情を汚し、抜き取り、脅威や恐れによって意のままに操ってきた。とても人の手によるものとは思えない人智を超えたような行いは、人間の感情をはるかに逸脱した行為をする存在が裏で手を引いていたのよ。そしてお金や権力に目が眩んだ浅はかな人間を従えてきたの。彼らは人々の目覚めを何としても阻止して、この深い闇の社会を維持しようとしていた。歴史の改竄や、あえて事実を開示したり、あり得ないような権力の乱用も、まだまだメディアを盲信し、そうした情報に惑わされて右往左往する人々の目を眩ませて、人々を目覚めや気付きから遠ざけようとしているのよ。」

「彼らはメディアを利用して最初は真実を語り、検証可能な科学的データを提供し、希望とエンパワーメントのメッセージを伝えた。そして誰もがメディアを盲信して夢中になったところで嘘や、彼らにとって都合の良い真実とは異なる情報を少しずつ織り交ぜながら広げていったの。国や中枢によって管理されている教育を受けて、親や学校や、社会的評価の高い学校に進学して、多くの人が認めるような企業に入社したような人たちほど、権威やメディアを盲信しているし、いわゆる一般常識や一般的な価値観以外の生き方を知らないでいる。自由な発想力や想像力、創造力を奪われたまま。それでもそうした人々はこれまで世の中的にそれで順風満帆に生きてこられたわけだから、何かを変える必要性を感じていないし、何の問題も見い出せない。それに自分や自分の家族とか身近な人が不自由なく暮らせている以上は何も疑問を持たないのよ。」

「水の中のカエルは少しずつその水が熱されても気付かず、そのまま茹で上げられてしまうというけど、まさしくその通りになった。カムイはそうした人々の愚かさを嘆き悲しみ、どうすることもできない自分の無力さに打ちひしがれた。深い慈愛や善意、思いやりが何者をも打ち負かすのだという彼の強い信念は、彼が救おうとした人々の弱さや愚かさによって無惨に打ち砕かれた。そして憐れみと共に彼の使命感は別の幸福の実現の可能性に向かっていったの。」

琉雅が話しの続きを引き取った。

「グレート・リセットには二つの側面がある。闇側の推し進めてきたものは金や権力が闇側に流れ込み、人々を都合よく隷属させるシステムをより強固にするもの。また都合の悪い人間を人道的に見せかけて排除しようとするものだ。多くの人々が目にするニュースで取り上げられているもので、カムイはそちらに深く関わっている。人々の自由意志を尊重し、大きなショックや変化を与えることなく生涯を全うさせる以外に道はなく、それが人々に残された幸福な生き方なのだと錯覚しているんだ。中途半端な夢や煌めきは人々をより深く傷つけ、苦しめるだけなのだと、諦めてしまったんだよ。しかし、完全なる闇は存在しない。なぜなら、どういった思惑があろうとも、闇の存在であってもこの大宇宙におけるルール『プライム・ディレクティブ』を決して破らないように行動しているんだ。確かにグレーゾーンの部分を掻い潜って、時には行き過ぎた行為も行われてきたが、大抵は何とかギリギリ解釈の違いで押し通る範疇ではあったんだよ。ただ彼らに都合良く飼い慣らされた支配者たちの強欲と拡大解釈によって、闇の思惑は地球上に空気のように広がっていった。しかし、光側の高次の存在だっていつまでも手をこまねいて見ているわけにはいかない。着々と闇の軌跡を抹消し、不要な干渉を引き起こした闇側の高次の存在を順を追って地球上から追放した。光側のグレート・リセットはこの闇側優位のシステムを終了させて、人々をお金や物質による支配から解放し、人間が生まれ持っている高い精神性や感情や思考を取り戻すことにある。蔓延した闇深い空気を祓い、生まれてから死ぬまでただ食いつなぐために生きるのではなくて、大いなる大家族とのつながりのビジョンを取り戻して富を分かち合い、無闇な争いや奪い合いのない安寧幸福な世界で誰もが楽しみ、人生を謳歌しながら、それぞれの意図を思い出して魂の成長や叡智の獲得に意識を向けること。慈愛や善意や思いやりに基づいて互いを敬い、認め合って助け合いながらね。」

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